大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)2078号 判決 1978年7月14日
昭和五〇年(ネ)第二〇七八号事件控訴人
昭和五〇年(ネ)第二〇七九号事件被控訴人
第一審被告
株式会社新井紙文具店
右代表者
柘植等
右訴訟代理人
宮後恵喜
同
小牧英夫
第一審原告
山下正明
右訴訟代理人
松岡滋夫
右訴訟復代理人
柴田信夫
主文
第一審原告の控訴を棄却する。
第一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
第一審原告が第一審被告に賃貸中の別紙目録記載の建物の賃料は、昭和四七年八月一日以降一ケ月金二万六〇〇〇円であることを確認する。
第一審原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
事実《省略》
理由
(一) 第一審原告が昭和二五年頃に第一審被告に対し、本件建物を賃貸し、その賃料が昭和四五年六月一日以降一ケ月金二万二〇〇円であつたこと、及び第一審原告が昭和四七年七月一九日附書面をもつて第一審被告に対し、「本件建物の賃料を同年八月一日以降一ケ月金二万九七〇〇円に増額する」旨の意思表示をしたところ、該書面が翌々二一日に第一審被告に到達し、また、第一審原告が昭和四八年九月一四日附書面をもつて第一審被告に対し、「本件建物の賃料を同年一〇月一日以降一ケ月金四万円に増額する」旨の意思表示をしたところ、該書面が翌一五日に第一審被告に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) ところで、第一審被告においては、「本件建物については統制令の適用がある」旨を主張するので、先ず、その点について考えてみよう。本件建物が昭和二五年七月一〇日以前に建築された建物であることは、当事者間に争いがなく、その延面積が九九平方メートルを超えないことは、第一審原告の主張に照らして明らかである。そして、前記争のない事実と、<証拠>によれば、本件建物は、居住用部分と事業用部分とを有する住宅であるところ、本件建物を賃借している第一審被告が、右事業用部分において紙文具類等の販売業を営み、かつ第一審被告の代表者その他の関係者が右居住用部分に居住していることを認めることができる。ところで、本件における最大の争点は、右事業用部分の面積を果して幾何と判断すべきであるかということであるところ、地代家賃統制令規則第一一条所定の事業用部分の面積とは、事業の用に供する部分の面積であるから、当該事業のために使用される部分の周壁の内側部分の面積をいうものと解すべきである。不動産登記法施行令第八条は、「建物の床面積は各階ごとに壁その他の区画の中心線で囲まれた部分の水平投影面積により、平方メートルを単位として定め、一平方メートルの百分の一未満の端数は切捨てる」と規定しているが、それは、不動産登記法にいう建物の床面積につき、その測定方法を定めたのに過ぎないというべきであり、前記地代家賃統制令施行規則第一一条においては、床面積の観念を用いることなく、供用部分という観点からして、その面積を把握することにしているわけであるから、右不動産登記法施行令第八条の規定は、本件建物の事業用部分の面積を測定する場合においては、適用される余地がないといわなければならない。そこで、右施行規則第一一条の見地に立つて、本件建物の事業用部分の面積を考えてみるに、<証拠>によれば、本件建物の内、第一審被告の営業のために使用される事業用部分は、間口が3.885メートル、奥行が5.86メートルであつて、その面積は22.76平方メートルであることを認めることができる。なお、前記検証の結果によると、右事業用部分に接して、その前面に若干の「さし出し部分」が存在していることを認めることができるけれども、当審における第一審被告代表者本人尋間の結果と、右検証の結果とによると、右の「さし出し部分」は、第一審被告代表者が昭和三八年頃に第一審原告に無断で、隣接の諸店舗と同様に、造作したものであるが、建物の一部とはいい難いほどの簡易なものであつて、撤去も容易であり、附近の諸店舗ともども、近く撤去する予定になつていることを認めることができるから、右の「さし出し部分」は、右事業用部分の面積の測定上、当然除外さるべき性質のものである。以上によれば、本件建物は、地代家賃統制令第二三条第二項にいわゆる併用住宅に該当し、右統制令の適用があるといわなければならない。
(三) ところで、原審における鑑定人大土修の鑑定の結果によると、本件建物の統制賃料額は、昭和四七年八月当時において一ケ月金二万五五九四円(円未満切捨、以下同じ)、昭和四八年一〇月当時において一ケ月金二万五九六二円であることを認めることができる(右鑑定人の鑑定の結果の内、昭和五〇年四月二四日附書面によるものには違算がある)。なお、右鑑定の結果によれば、右鑑定人は、若し本件建物につき統制令の適用がないと仮定すれば、その継続適正賃料額は、昭和四七年八月当時において一ケ月金二万八九〇〇円、昭和四八年一〇月当時において一ケ月金三万八五〇〇円であるとしていることを認めることができる。そうすると、昭和四七年八月一日現在における本件建物の賃料は、昭和四五年六月一日に定められた一ケ月金二万二〇〇円では低きに過ぎるものであつたというべく、第一審原告としては、当該賃料を増額し得る権利を有するに至つていたといわなければならない。
そして、第一審原告においては、「前記昭和四七年七月一九日附書面による意思表示により、本件建物の賃料は同年八月一日以降一ケ月金二万九七〇〇円に増額された」旨を主張する。そこで、次にその点について考えてみよう。地代家賃統制令の適用がある建物の賃料についても、裁判所が判決によつて賃料額を定める場合には、統制賃料額に拘束されることなく、統制賃料額を超える賃料額を定め得ることは、右統制令第一〇条に、「地代又は家賃について、裁判、裁判上の和解又は調停によつて、その額が定められた場合には、その額は、これをその地代又は家賃についての認可統制額とする」と規定していることによつて、明らかである。しかしながら、右第一〇条の規定により、統制賃料額を超える賃料額を定めることについては、当該規定の右統制令上において占める位置及びその性質に鑑み、極めて慎重であるべきことが要請されるといわなければならない。即ち、もともと、地代家賃統制令は、地代及び家賃を統制して、国民生活を図ることを目的とするものであり(第一条)、その目的達成のため、昭和二一年九月三〇日現在における地代又は家賃の額をもつて、その地代又は家賃の停止統制額となし(第四条)、右の停止統制額のない場合には、右期日後に都道府県知事の認可を受けて定めた地代又は家賃の額をその地代又は家賃の認可統制額としている(第六条)。そして、右の停止統制額又は認可統制額が公正でないと認められるに至つた場合には、建設大臣において、一般的にこれが停止統制額又は認可統制額に代るべき額を定め得ることとし、また、家賃に関してのみは、一定の区域を指定して、停止統制額又は認可統制額に乗ずべき修正率をも定め得ることとし、それらによつて定まつた額を新たな停止統制額又は認可統制額とすることにしている(第五条)。なお、一定の事由がある場合には、右の停止統制額又は認可統制額につき、個別的にその増減の認可を都道府県知事に申請し得ることにし、その認可があつたときは、その額を新たな認可統制額としている(第七条及び第八条)。以上のとおり、統制令は、地代・家賃の統制を図り、かつ、その賃料額の適正化を一般的又は個別的になし得る方途を講じた上、その借地又は借家の貸主が、借地又は借家につき、停止統制額又は認可統制額を超えて、地代又は家賃の額を契約し、又は受領することを禁止し(第三条)、かつ、その脱法行為をも禁止しているのであり(第一二条)、それらの違反者に対しては、懲役又は罰金をもつて処断することにしている(第一八条)。そうすると、統制令の適用のある借地又は借家の貸主と借主とが、裁判外において、その賃料額を定める場合には、如何なる場合においても、その統制賃料額を超える額を定めることが法律上厳禁されているわけであるから、裁判、裁判上の和解又は調停(以下、この三者を一括して裁判等という)によつて、その賃料額を定める場合においても、右統制令第七条第一項所定の「(1)借地について改良工事がなされたとき、又は借家について改良工事若しくは大修繕と認められる工事がなされたとき、(2)地代又は家賃の停止統制額について、貸主と借主との間に縁故その他特別の関係があつたため、地代又は家賃の額が著しく低額であるとき」に当該するか、若しくはそれに匹敵ないし準ずるような賃料を増額すべき事由がない限り、その統制賃料額又はそれと大差のない額の範囲内において、当該賃料額を定めるべき筋合であると解すべきである。若しそのように解さずして、前記第一〇条の規定が存在するからといつて、裁判等により安易に統制賃料額を超える賃料額を定めるようなことがあれば、裁判外において賃料を定める場合には、法律上罰則をもつて厳禁され、その遵守を強要されている統制賃料額の制限枠が、裁判等の手続を利用することにより、た易く破られるということになつて、これが裁判等の手続を濫りに利用する傾向を招来し、前記第一二条の脱法行為禁止の規定を潜脱する事態をも頻発せしめ、その結果、右の裁判等の手績を利用して、統制令の適用の免脱を図る者と、かかる手続の利用を企図することなく、誠実に統制令を遵守する者との間に軽視し得ざる不公平をも惹起させるのであり、ひいては、濫訴健訟の事態を招くおそれさえも憂ではない。また、右のような事態になれば、建設大臣ないし都道府県知事が、法令・告示・通達等に基づき、前記の諸権限を行使して、その専門的知識を駆使し、政治的・経済的・社会的諸見地から、諸般の事情を総合考量して、折角厳格に定めた統制額の作用する範囲を徐々に失わしめ、遂には前記統制令をして死文化せしめるに至るおそれがあることも充分に考えなければならないのである。
右の見地に立つて、前記第一〇条の趣旨を考えてみるに、もともと、統制令は、地代・家賃の統制の分野を本来的には行政庁の権限としていること、前記のとおりであるが、裁判等により賃料額が定められる場合には、その限度において、補充的に裁判所ないし裁判所の関与する調停委員会に対しても、統制令上の認可統制額を定め得る権限を与えることにし、そのために右第一〇条の規定が設けられると思料される。この点につき、更に考えてみると、若し右第一〇条の規定が設けられていないとすれば、統制令の適用のある借地又は借家について、裁判等により、統制賃料額を超える賃料額が定められたときは、当然に統制令に違反する事態になるわけであるが、当該事態を違法視することは、裁判等の有する性質に鑑み、好ましいことではないから、それを違法視するよりも、むしろ、統制令の適用につき最終責任者の地位にある裁判所が、同令の立法趣旨に従いつつ判断し、妥当と考えて定めたと思料される当該賃料額を尊重し、それを適法なものとして是認するほうが相当であるとの考慮が働き、その結果、裁判等により定められた賃料額を統制令上の認可統制額として構成し、もつて右の事態を適法なものたらしめるべく、右第一〇条の規定が設けられたものとも考えられるのである。換言すると、右第一〇条は、統制令上の規定の順序からしても、同令第六条第五項と同じく、統制令下における右行政庁の権限の行使により一般的若しくは個別的に定められた統制賃料額なる制限枠を、裁判所が関与した手続によつて定められた賃料額に関する限り、解除することにし、もつて行政権と司法権との間の調和を図つた規定であると理解されるのである。そうすると、裁判所としては、右第一〇条の規定により、統制賃料額を超える賃料額を定めるについては、極めて慎重でなければならない筋合であり、前記の特別な増額事由でもない限り、これが増額賃料の決定については、統制賃料額又はそれと大差のない額の範囲内においてなすべきであるといわざるを得ないのである。
ところで、本件における全立証をもつてしても、本件建物につき、その賃料を特に統制賃料額を超えて増額しなければならない前記特別の事由があることを認めることができないのみならず、かえつて、当審における第一審被告代表者本人尋問の結果により、<証拠>によると、本件建物附近に所在する二階建店舗兼居宅六戸は、それぞれ物品小売営業用の一階店舗部分の面積が約二三平方メートルないし二六平方メートル、その余の居住用部分の面積が約五二平方メートルないし六六平方メートル許りであり、それらは、いずれも本件建物のそれよりも広いところ、それらの建物の賃料額は、昭和四七年八月当時において一ケ月約金一万四〇〇〇円ないし金一万五〇〇〇円、昭和四八年一一月当時において一ケ月約金一万五〇〇〇円ないし金一万六五〇〇円、昭和五一年九月当時において一ケ月約金一万六五〇〇円ないし金二万円であることを認めることができる。
以上の説示及び本件における諸般の事情に照らし、第一審原告が昭和四七年七月一九日附書面をもつて第一審被告に対してなした賃料増額の意思表示により、本件建物の賃料は昭和四七年八月一日以降その統制賃料額をやや上廻る一ケ月金二万六〇〇〇円に増額されたと認めるのが相当であるが、昭和四八年一〇月一日現在における本件建物の賃料は、やはり一ケ月金二万六〇〇〇円が相当であつたというべきであるから、第一審原告が昭和四八年九月一四日附書面をもつて第一審被告に対してなした賃料増額の意思表示によつては、本件建物の賃料を増額せしめるに由なく、その賃料は同年一〇月一日以降も依然として一ケ月金二万六〇〇〇円であるといわなければならない。
(四) そうすると、第一審原告の本訴請求は、その内、本件建物の賃料が昭和四七年八月一日以降一ケ月金二万六〇〇〇円であることの確認を求める限度において理由があるが、その余は失当ということになる。ところが、原判決においては、第一審原告の請求を右賃料が昭和四七年八月一日以降一ケ月金二万六〇〇〇円、昭和四八年一〇月一日以降一ケ月金三万円であることの確認を求める限度において認容しているから、第一審原告の控訴は理由がなく、第一審被告の控訴は一部理由があることになる。よつて、第一審原告の控訴を棄却した上、第一審被告の控訴に基づき、原判決を右趣旨に従つて変更し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九五条本文・第九六条・第八九条・第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(本井巽 坂上弘 野村利夫)
目録<省略>